創業を考える

最近になって、身近な人が創業を考え始めました。 私もMBA留学後、創業プランの練って実行に移そうとしたこともあったので、アドバイスをしました。 その人のために、参考になりそうな創業関係の本を探してプレゼントし、喜んでくれたようです。 そんなことがあって、私もいつかは創業したいな、と思う自分に気づきました。 そもそも英語教員になったのは、将来の創業のための経験を積むことが目的でした。 留学後に英語スクールを立ち上げようとしても、「自分は経営したいのか、英語を教えたいのか」が決めらなかったのです。 それは、そもそも自分が英語を教えたことがなかったから、判断できなかったのだと思います。 英語教員になって、英語を教える立場に身を置くと、毎日が様々な経験を蓄積できる貴重な機会だとわかります。 周囲からは「やる気がありますね」といわれることも多いのですが、このやる気の半分は、自分の創業のための知見を広げるという目的のためかもしれません。 この2年で、どんな英語教育を行いたいのか、アイディアが膨らみ続けています。 英語学校を経営するだけでなく、自分も英語を教えたい。 単に英語を教えるのでなく、外国人が思わず耳を傾けたくなる、「語るべき中身」を豊かにさせる教育をしたい。 そのために、英語だけでなく、我々日本人の土台である、日本語の教養も高めるような教育を行いたい。 英語や日本語の古典などの名文暗唱素読なども取り入れてみたい。 英語の土台は、やはり語彙力であり、基本とされるword family 9000語の発音・意味・機能の3つを身につけるボキャビルの仕組みを作ってみたい。 日本にいながらにして、良質で大量の英語に触れることのできる、多読多聴学習を行いたい。 英語プレゼンを指導した経験から、論理的思考力を高めるようなプレゼンテーション、エッセー指導を行いたい。 などなどです。 まずは、目の前の生徒のために、自分ができる最大限の工夫をする。 目の前の生徒が喜び、英語力が高まれば、結果として創業の道は開けていくと考えています。 全国通訳案内士試験の勉強に取り組むことで、日本事象についての語彙も増えるという効果があります。 資格を取得すれば、保有学位や資格を教育の品質保証や強みにできるかもしれません。 英検1級、通訳案内士、MBAなどの資格や学位、英語指導経験など。 資格取得だけでなく、日々の学びを1冊の本にまとめたいと常々考えていますので、これもこつこつ続けていく予定です。 テーマは、「アカデミックライティング手法を活かした、英語プレゼンテーション入門ービジネスプラン編(仮)」です。 ビジネスプランを作成と、その英語プレゼンテーションを指導した経験から、英語のプレゼン指導は、英語の論文作成指導とプロセスが同じことに気づきました。 私の留学時の経験と、日本の学校での指導経験を融合させる良いテーマかもしれません。 資格取得 本の出版 英語指導経験の蓄積 これを目指し、次年度も英語を教えていきたいと思います。

通信制大学で、出来るだけスクリーニング受講をお勧めする理由

通信制大学で、今回下記3科目9日間の集中スクーリングを終えました。 英語科教授法2 英語音声学 英語科教授法4 英語塾の創業プランを練るうえで、こういった科目は英語学習・指導の体系的な知識を得られるため、大変有効でした。 授業は英語教員養成用の科目でしたが、今回私は「英語教員になる」という視点よりは、「日本の英語教育の現状と、目指すべき方向性とのギャップはなにか」を理解することが目的でした。結局はそこにビジネスチャンスがあるのでは、という仮説をもって授業にのぞんだのです。 単にネイティブを雇って英会話する、という単純な英語サービスではなく、理論に基づき、日本の環境に合ったサービスを提供したいと思ったためです。 授業を受けて、私はもっと「英語教授法」を学んでみたい、と強く思うようになりました。 授業で先生がポロッと話された言葉が、印象にのこっています。 EFL(English as a Foreign Language)下の日本では、学校授業の外では英語に触れる機会が少ないため、シンガポールやインド、欧州などのESL(English as a second Language)下と同じ英語教育を行っても、必ずしも有効ではない、という点は、まさに私がイギリス留学中に感じていた課題です。この点をビジネスシステムで解決できないだろうか、ということを、スクーリング中はずっと考えていました。 幾つかアイディアを出し、今後は簡単なトライアルなどもしてみたいと思っています。 通信制大学を受講して感じるのは、出来るだけスクーリングを受講することの重要性です。 まず、得られる刺激の量と質が違います。教科書を読みレポートを書いて、試験を受けることでもある程度の学びは得られますが、やはり対面授業での学びは違うなと感じます。 とくに、教員の何気ない仕草や強調ポイント、生徒の反応などは、書物では得られない「暗黙知」であり、これがあるだけで教科の体系が立体的に見えてくる事が多々ありました。教科の学びを本質的に深める性質のものです。 スクーリングは時間もお金もかかりますので、必ずしも効率的ではありませんが、通信制大学での学びを最大化するには、書物での学習を自身で深めた後、できるだけスクーリングを受けて知識を深めるのがおすすめではあります。

恐怖を感じる選択肢を選ぶ事が、決断の要諦

人生の様々な局面で、我々は決断を迫られることがあります。 就職、留学、転職、結婚・・・ 誰しも、幸せになりたい、充実した人生を送りたい。 失敗したくない。今の快適な生活を失いたくない。 だからこそ、迷います。 ところが、人生の節目での決断には、試験問題とちがって「正解」は存在しません。自分の頭で考えて決断しなければならない。そしてその決断の結果責任もまた、自分が全て負わなければなりません。 こう考えると、決断することは勇気を伴うものです。 怖いからこそ、「良い」決断をしたいと、誰しもが考えます。 では、我々はどうしたら、「良い」決断ができるのでしょうか。 「良い」決断の定義はいろいろありますが、私は「良い」決断とは、「悔いのない」決断と思っています。 自分の想いに反した決断を下し、または何も決断しないという決断を下し、安定した、不安の少ない快適な生活を送ったとしても、それが自分の本当にやりたい事ではなく、後で「悔いが残る」ようなら、「良い」決断だったとは言えません。 幾つかの選択肢があり、それを選べるとします。例えばA,B その中で、選択肢Aは先が見通せる。選択肢Bを選ぶと自分がどうなってしまうかわからない、と恐怖を感じるような選択肢があるとします。 このとき、自分の本当にやりたい事は選択肢Bであることが多い。 先の見通せる選択肢には、恐怖もなにも感じないはずです。でもそこには、生きる喜びもまた無い。 しかし、それを決断したら、恐怖を感じるという選択肢は、心の奥底に、「やってみたい。とびこんでみたい。でも俺どうなっちゃうんだろう」という想いがあるのです。 私はさんざん迷ったら、常に怖い方の選択肢を選んできました。 というか、私の妻に「まよったら怖い方を選べ。なんとかなっから」と、私の背中を足蹴りされ、決断を後押しされてきました(笑)。 留学、転職、創業・・・ どの選択肢も、恐怖がつきまといます。 しかし、振り返ると、不思議と悔いはないのです。 決断する際、多様な角度から選択肢を検討すること。 今がその時期ではないと判断したら、決断しないことも「良い」決断。 しかし最後は、恐怖を感じる選択肢を選ぶ事が、悔い無き決断の要諦です。