教師の人生をデザインする

先日、あるお誘いがあった。 「うちの学校で近々英語科の採用枠が1つ空く。公募に応募しませんか?」 私のような教員経験の浅いものには、望外の有名校。お声がかかることは大変名誉であった。迷ったが、お断りした。 大学院で学びたい、というのが第一の理由。修士→PhDを目指したいので、物理的に応募できない。 また仕事と家庭のバランスを取りたい、いまは家庭に重きを置きたい、というのが第二の理由でもある。転職すれば、力を見せつけて自らの居場所を確保しなければならない。これにはかなりのパワーがいる。時間もかかる。育児で忙しい今、それにチャレンジする時ではないと判断した。 人生を自分でデザインする能力はこれまで以上に求められていくだろう。お声がかかるようなスキル、人脈、「広報宣伝活動」も必要だ。 教師という職業のキャリア開発では、組織内で働き続ける以外に、論文や授業研究、媒体への投稿や授業、学校間での転籍か、大学院で学ぶか、といった選択肢が一般的だ。 私はなにをしたいのだろう。どうなりたいのだろう。もともと民間からやってきたMBA崩れの英語教師である。エリートの方々とは違う、雑草である。雑草なりに、教師という専門性を深めつつ、それを越えて活動してみたい。 論文執筆、英語力増強、書籍のプロトタイプ作成、全国通訳案内士の活動、キャンプ生活、テニス、多読プログラムの開発と地域貢献、海外でのPhD取得、森林インストラクター、経営学の論文執筆、大学で教える、英語と経営と観光のを掛け合わせたコンテンツ・・・やってみたいことが山積みである。 お声がけいただける力を磨くべく、精進を重ねたい。

Oxford Reading Treeをとりあえずそろえておくことの良さ

今日は全国通訳案内士の一次試験日であった。日本史の難易度が高かったそうであるが、実際はどうだろうか。 この資格を取得したのは2年前である。仕事を辞めても肩書を名乗れるよう、保険として取っておいた。精神衛生上のためである。名称独占の資格なので、それをどう生かすかは個人次第。 今後のキャリアを考えると、大学院進学は先送りできない。だが入試対策は遅々としてすすまない。仕事と子育てに追われ、自分の時間がまったくないのである。自分のことを考える余裕がないので、それはそれでよい面もあるのであるが。 最近、子供がOxford Reading Treeを持ち出して、読んでくれとせがむ。stage1でなく、たまにstage6や7を持ち出す。自分の好きな恐竜や動物が出てくると楽しいらしい。早期英語教育に熱心なように見えるかもしれないが、べつに英語の早期教育をやろうとしているのではなく、ただ英語が好きになるよう、それとなく面白い題材を提示してやりたいだけである。 0歳ごろに購入したstate1-3には全く関心を示さず、無駄だったと思っていたが、子供はいつreadinessが高まるのかわからない。子供の興味が発露する瞬間をとらえることはなんと大切なことか。身の回りにとりあえず置いておくだけでも、意味があるようだ。数万円するが、子供の手に届く場所に置いたらどうでしょうか。 ORTに楽しんで触れる。その次に名作洋書絵本を手に取る。本物に触れれば、きっと自分から学びたくなるはず。ドリルや教科書には、その力はない。これは自分の子供だけでなく、生徒を見ていて感じることだ。興味のある多読用図書に触れた生徒は、ふっと真剣なまなざしをするときがある。そんな瞬間を作り出すため、授業の空き時間で読書する機会を作っていきたい。

校正作業の経過

論文の校正作業を進めている。友人3人に読んでもらい、コメントをもらう。専門的な表現、わかりずらい語彙が次々に指摘される。一気に校正作業が進む。このコメントを土台に、団体へ校正案を提出するのが、今週のタスクである。 彼らからコメントをもらい、「こんなものをかいてたのか」「びっくり」と感想を得る。確かに、フルタイムの激務をこなしながら、よくこんな24000語もの論文を書いたな、と我ながら思う。妻は呆れている。今書きなさい、と言われたら、即座に断るであろう。 そもそもこの論文は、たまたま研究計画案の募集があって、そこに応募したのが始まり。まさか選考を通過するとは思わず、忘れたころに受賞通知が来たときは、「そもそも何のテーマで送ったっけ?」と妻と大混乱したのを覚えている。 助成金をもらったので、後に引けずに研究活動を行い、論文執筆を終えたのが実情である。仕事は忙しく、朝は5;30に自宅を出て、 片道90分の通勤時間を使って論文を書き上げた。 綱渡りとはこのことだ。 あらためて思う。私は、人に指示されたことだけをやるのが嫌なのだ。自分の個性、情熱、想いを、なんらかの形にしたいと、常日頃から思っている。実践論文はその一形態である。 大学院で学びたい、という想いを新たにする。今年がだめなら、来年また挑むだけである。 先日、授業の空き時間で、生徒に多読を初めて体験してもらった時のこと。9割の生徒が真剣なまなざしで、易しい洋書を読む。よい雰囲気である。かつて指導した学校で目指した、ぴりっとした雰囲気。受験参考書ばかり解くと、英語が嫌になる生徒が増える。やはりauthenticな素材に触れなければならない。今後は、研究論文で作ったワークシートを使い、授業で多読を取り入れることを目指す。

自ら教材を執筆する力をもて

授業を進めることに追われ、疲弊していた数か月が過ぎた。ふと時間ができたので、以前勤務していた学校で磨いてきた「oral introduction」のモデルを見せることにした。 テーマはリスニング力を鍛えるための、nursery rhyme。パワポを作った。論文を読み、なぜ英語の童謡が英語学習に効果的なのかをまとめた。絵も作り、テンポよく提示する。生徒に聴かせ、言わせる。 2つのクラスで試したところ、普段反応のないクラスでも笑顔が生まれる。もう一つのクラスでは爆笑、集中して取り組んでいる。このコンテンツは、それ自体に力がある。うまくオーラルイントロダクションを行い、楽しく英語のリズムや発音を学べる。進学校でも進路多様校でも「動作保証」のある、鉄板コンテンツになりうると確信した。 教師になると、「模擬授業をしてくれ」「公開授業の担当をお願い」「動画で授業を配信するので録画させて」といった依頼が、突然舞い込んでくる。 そんなとき、自分オリジナルのコンテンツを持っておくと、大変便利である。自分のコンテンツなら、動画配信もOK。時間も6分から50分まで、変幻自在に対応できる。その素材で、英語教師や一般人に対して、3時間の講習を担当できるぐらいのパッケージにもできる。 このコンテンツを土台に、論文を書いたり、教育実践報告書を作ってもいい。一つの仕事から、何倍ものインパクトを与えるようなアプローチを目指すのは、教師の仕事をする上で極めて重要である。 英語教師を志す人、すでに英語を教えている人、いずれにしても、教科書を教えるだけではなく、「みずから教材を作って教える力を持て」という、森信三先生の教えは、今も輝きを失っていない。 大学院では研究力だけでなく、コンテンツ作りの力も磨きたいものである。 独自コンテンツを持てば、仕事の質が変わる。