別れ

MBAを卒業して8年が経過した。その後は。世界をまたにかけて働く人、国内に根を下ろす人。キャリア展開は様々である。 今後のキャリアを考え、研究することを考えていた矢先、訃報が届く。同窓生がなくなったという。 超エリートであり、当然将来を嘱望されていた出世頭であり、温厚な人柄で皆から愛された人であった。 現地で挙げた結婚式のビデオ撮影に失敗したとき、彼がハンディカムで式を撮影してくれて、本当にありがたかった。出世するのがわかる気がした。彼のおかげで、手作りの挙式は今も映像として残っている。感謝しきれない。 その後生まれた息子が、挙式の映像を見て外国に興味を持つようになった。今後ますますこの映像の価値は、私たち家族にとって高まるはずだ。地味な撮影を買って出てくれた彼のことを、ビデオを見返すたびに思い出す。 先日通夜に参列し、別れを告げた。同じぐらいの子供を持つ身として、言葉にならない。留学先で一緒にテニスをしたことを、昨日のことのように思い出す。 「やりたいことがあるなら、やっておいたほうがいいですよ」 「後悔ないように、家族にできるだけのことをしてください」 そんなことを彼が言っているような気がしてならない。

10年1投資

10年前、私は人生の転機を迎えた。 当時勤めていたのは外資系企業。本社部門の縮小に伴い、リストラされる中高年、早期退職で会社を出ていく同期。会社は混乱の極みであった。 私へも本社勤務から奈良県への異動辞令が出た。 東京に勤務しながら、夜間に明治大学の大学院で経営を学ぼうと考えていた私は、困った。 このまま転勤して営業職に戻れば、当面の金銭面は安定するが、将来性のない営業職だけのキャリアでは、10年後はビジネスマンとして陳腐化していることは、容易に想像できた。 当時付き合っていた彼女に後押しされ、以前からやりたかった大学院留学に挑戦することとした。教育への投資である。 成功のあてなどなく、費用も1000万以上かかる。それでも、座して死を待つより、とりあえずやってみることを選んだ。 2年後、英国でMBAを取得。現地の日系企業が現地法人の社長を探していて、オファーをもらった。Swindonという町に住むことになっていたが、妻が日本で職を得た。異国の地でホームシックになっていた妻にとって、英国生活は限界だった。オファーを断り、私も日本で就職した。 10年前の無謀ともいえる挑戦は、私たちに有形無形の資産をもたらした。当時の苦しくも楽しかった思い出は色あせることなく、二人でふと思い出しては懐かしむ。 英国で磨いた英語力のおかげで、私は職を英語教師に転じた。英語に興味はあったが、教師として働くなど、留学前ならあり得ないキャリアだった。 教壇に立ち、教室で英語を教える日々。経験してきたものの濃さが、私に絶対的な自信を与えてくれる。たまに留学中の話や、外資系企業での失敗談などを話すと、つまらなそうにしていた生徒はふっと顔を上げるときがある。 前回の再教育への投資から、10年が経過した。いまは仕事をある程度のパフォーマンスでこなせている。しかし10年後はどうか。経年劣化し、私のスキルは緩やかに低下していくだろう。今以上の仕事を生み出すことは、現状では見込めない。「再投資プログラム」を始動させるときが来たようだ。 10年で1投資。学びなおしの時がきた。今後10年、そしてその先の10年を、別次元の水準でアウトプットする力を身につけるためだ。一番興味のある分野が、研究である。研究の基礎を学び、どのような環境でも仮説を立てて検証分析し、それをアウトプットするスキルがほしい。 このブログの開始は2010年4月。会社の退職を決めたのがその年の6月、7月には籍を入れ、9月には留学した。つまり、10年前の6月に、私は人生の決断を下したのだった。 「やらないで後悔するより、やって後悔したら」と妻はいう。最後はあなたが決めて、という。大学院受験だけは、やってみようと思う。合格したらその先は考えよう。

その辺に転がってる石と同じ

10年後を思い描く。いまのまま、何も投資することなく日々を過ごしたら、先細っていくことは明らかである。 昨年度は論文を書く機会に恵まれたが、自分の能力の限界もまた思い知った。独学ではせいぜいここまでのレベル。教育実践論文以上のものは書けない。一つ二つ上のレベルに身を置かねば、これ以上の論文積み上げは見込めない。成果を世に問うこともむずかしい。 ではどうするべきか。 金銭的な負担はかかるが、教育への投資を検討している。 先日、大学院のゼミに体験で参加した。高度な内容に言葉を失う。私でやっていけるのであろうか。アカデミックな積み上げがないので、ゼミ生のやり取り自体を理解できなかった。 単に修士号を取るだけが目的でなく、論文を積極的に投稿する、博士号まで目指す、そんなゼミである。要求水準が高い。 参加してみて、自信を失ったという話を妻に話す。するとこう言われた。「有名な恐竜学者のK先生は、長い歴史の流れでみれば、我々も滅びる、失敗してもたいしたことない。三日坊主でもいいから興味あることに挑戦したらいい、っていってたよ。」 さらに付け加えて、「オーストラリアのある民族は、その選択は、魂を磨くものかどうか、を選択基準に置くんだって。」という。 頭が切れるほうではないので、大学院でどこまでやれるのか、わからない。興味はあるのだが、アカデミックな世界が自分にあうのか。エリートばかりの中で、おれは雑草だから。 妻はいう。「あなたは雑草ですらないよ、その辺に転がってる石みたいなもんよ。優秀な人が沢山いるなら、おれ馬鹿だから、って頭を下げて、プライドを捨ててなんでも教えてもらえればいいじゃない。わからないことをわかるようにするため、できないことをできるようにするために学校があるんじゃない。」 話は子供の教育に及ぶ。「もし研究したら、挑戦する姿、何かを突き詰めようとしたことを、子供に伝えることが出来るかもしれない。」 あなたの性格なら、職場でうまく立ち回ろうとしたって無理。好きなことを好き勝手して、外部で論文を書いたり賞を取ったりして、たまたまそれが組織の目にとまっただけ。それなら好きなことをやったほうがいいんじゃない? そう妻は付け加える。 その通りである。私はその辺に転がってる小石と同じである。雑草ですらない、ちっぽけな存在だ。何かを研究し、一隅を照らすような成果を世に問うためには?プライドを捨て、なんでも学ぼうという姿勢を持てるかが、試されている。