オンライン教育の可能性を探る

ITインフラが不十分であることが、緊急事態宣言の発令により明らかになっている。特に教育の分野において、その不十分さは著しい。 日経新聞4/10に分子生物学者・本庄佑さんのインタビュー記事が掲載されていた。 「IT戦略の遅れ、いかに社会実装されていないかがあらわになった。(中略)教育だってオンラインの方が先生と生徒の一対一感が強まる。40人の教室で孤独感を味合わずにすむ。どんどんやったらいい」 同感である。昨年まで教えていた教室でのこと。所在なげに座っていた、大人数が苦手な生徒の顔を思い出した。「みなが進むから、自分も同じ学校を進む」ということはどういうことか。自分の意志とは別に、ベルトコンベヤーの上で運ばれる荷物と同じであろう。 もっと自由度があっていい。生徒の個性にあった教育機会を選択できるほうがよい。オンライン教育は、これからますます、その一つの選択肢になりうるであろう。 高校生の進路指導をしていたとき、大半の生徒は普通の日本の大学を選択していた。しかし数名は、あえて通信制の大学を選んだ。日本大学や慶応大学、法政大学などの通信制学部である。教師たちは、私もふくめ、眉をひそめたものだった。通信教育の大学を終了するには、自律心が必要だし、卒業の難易度も高い。普通の大学に進学したほうが、卒業しやすいだろうに。それにゼミやサークルなども盛ん。江らえる刺激の量が異なるはずたど。 しかしである。いまコロナ感染症のパンデミックにより、通学型の大学は機能不全に陥っている。オンライン授業の提供を行っている大学もあるが、そもそものシラバスは通学をイメージしている。試験はどうする。どう学びを深めるのか。課題は多い。時を浪費することすらあるだろう。 一方で通信制大学を選択した学生は、このコロナ混乱に影響を受けることなく、学習を続けることができる。教科書を読み、文献を調べ、エッセーを書く。郵送し、合格したら、科目履修試験を受ける。オンライン教育だけで単位を修得できる授業もある。つまり、劣っていると思われた通信制大学へ進学した生徒は、学ぶ機会を最大限に生かせている。場所と時間にとらわれず、学習することができる通信制大学の魅力が、ここにきてさらに際立った強みとなっている。 もし浪人している高校生がいれば、大学受験勉強よりも、通信制大学で学んだらどうかと問いたい。教育の場が正常に戻るには、2年かかると試算する専門家もいるぐらいである。 通信制大学で学び、学びを深めたい大学院へ進む。博士号を目指すのもよい。オンライン英会話をつづけながら英語力を磨き、海外のdistance learningで修士号を取ることも可能である。 オンライン教育を柔軟に取り入れながら、キャリアを自ら作っていく構想力と実行力が、いま求められている。