続きも読みたいな

ある同僚から「進路活動で行き詰まっている子がいる。面接が近いが、考えがまとまっていないようだ。面倒見てやって欲しい。」 聞けば、面接試験まで数日しかない。とりあえず承諾したが、私にできることなどたかが知れている。 これまで担当した生徒をなんとかして合格させたいのは、教員の親心だ。いっぽうで、どこかにエゴや保身はないか。周囲の目を意識したら、難関大学に「押し込む」ことのできる教員の方が評価されるだろう。 紆余曲折して教師になった私は、結果よりもプロセスが大事だと思っている。合格は結果に過ぎず、それは相手が決めることだ。それよりも自分で管理できること、つまり日々の積み重ねに注力すべきと考える。 一瞬一瞬、自分のベストを尽くす。この積み重ねがあれば、苦しい場面でも自分を信じらるだろう。失敗しても、不合格でも構わない、自分はプロセスに誠実に取り組んだんだから、と納得できる。 目先の合格不合格にとらわれず、挑戦を楽しんで欲しい。目先に損得勘定でなく、20年30年先を見据えたチャレンジのできる、志や気力を持って欲しい。ダメならまた挑戦すればいいだけだ。 目先の試験で右往左往している彼に、気づいてもらうにはどうしたら良いか。 私の留学体験をさっと文章にまとめ、クラスの空き時間で読み上げることにした。彼に伝える意図を持ちつつ、全体に対し決断する大切さ、損得勘定を超えて挑戦する意味を込めた文章だ。要は私の挑戦、失敗談みたいなものだ。 小説仕立てにして読み上げる。歓声や笑い声がでる。読み終えた後、別の生徒からこんな反応が出た。この人もまだ進路決まっておらず悩んでいると言う。 「続き読みたいな」 夏目漱石は言った。「自分の弱点をさらけださずして、人に利益を与えることはできない。」 この言葉の意味を噛み締めた。

一芸に秀でた人に任せる

一芸に秀でた人は、強い。 最近、授業で使用しているワークシートがある。70人ほどに、週2回取り組ませている。今後効果検証を行うが、英語力と意欲の変化が見られることを期待している。 妻にワークシートを見せると、「内容はいいが、デザインを考えた方がいい」という。味気ないデザインなので、学習者はやる気がでないのでは、という。 確かにそうだ。ある生徒に聞くと、「あのワークシートを見ると、眠くなる(笑)」という。 そこで一計を案じた。工業デザインのスキルを持つ生徒に、ワークシートのデザインをお願いしてみた。 2週間後、出来上がったワークシートを持ってきてくれた。素晴らしい出来だった。シンプルで視認性が高まり、ワークシートのレイアウトもずいぶんとすっきりした。大げさなようだが、市販の教材のような外観になった。あまり期待していなかったので、驚いた。すごい、とほめちぎってしまった。 デザインのセンスがない私には、とてもありがたかった。一芸に秀でた人に任せたことで、素晴らしいものが出来上がった。生徒もうれしそうであった。 この生徒は、芸術系の進路に進む。センスがあり、スキルもあるので、将来有望である。一芸に秀でた人は、それを磨き続けていけば、とてつもないキャリアを築いていくだろう。 後日談がある。家庭内のゴタゴタで不安定なこの生徒が遅刻してきた。「おまえ、すごい才能持ってるんだからさ、頑張って朝もしっかり登校しろよ」と声がけする。 生徒が去った後、横で聞いていた同僚がいう。「先生、優しいですね。私ならそんな声がけしない。」 「え、そうですか?」優しく言ったつもりはない。ただこの子の持つ才能を認めつつ、注意しただけだった。こういう声がけを、これまで私はしてこなかった。 目の前の生徒の長所を発見してやり、声がけする。これも愛情表現かもしれない。

コミュニケーションを取り続ける授業

ある特別授業で、普段教えていない生徒がこんなことを話していた。 「コミュニケーション英語って科目、全然コミュニケーションしてないよね。英文を日本語で一方的に解説されて、終わりだから。英語のやりとりなんてないし」 普段教えていないクラスなので、他の先生をフォローし、「いろんなレベルの人がいるから、英語で授業するとついてこれない人が出てくる。だからあえて日本語を使って教えてくれてるんだよ」と伝えた。納得していない様子ではあった。 私が教えているクラスの生徒に「私たちの英語授業はどうかな」と振ってみた。 「こっちの授業はずっとコミュニケーションばっかりだよ」「ずっと俺たち話してるよね」という。そういう風に捉えていたのかと驚く。 最近は師匠から「授業構成がダメ」と厳しく言われていたので、少しスタイルを変えているが、生徒が集中して楽しそうに取り組むので、骨格は変えずにいる。 授業の流れはこうだ。Picture describing, oral introduction, 英問英答、など。全て英語で授業を行う。その後、本文の説明を15ー20分かけて、生徒と応答しながら行う。本文が長い場合、2時間かけて行う。 最近は思考力を養うため、アナログ教材を使っている。オーラルイントロダクションのレベルを下げ、生徒が内容理解をしやすいように調整している。生徒との応答を増やし、考えさせる場面を増やしているので、「コミュニケーションを取り続ける授業」と生徒が感じるのもわかる。 今日の別の授業では、新しいレッスンを導入したが、授業終了時間になると「え、もう終わり?」「先生の授業、時間すぎるの早いよ」と言われる。楽しい時間はすぐすぎるのであれば、私の授業は楽しいのだろう。これは昔から生徒によく言われる。 これはやはり嬉しい。この点は私の授業の強みかもしれない。 これはこれで良いことだが、一方で思考力を高め、生徒のできることが増えるような授業展開には課題もある。英文の細かな説明になると、つまらなそうな顔が増えるのも、私の指導法の未熟さからだ。改善したい。 そこで目の前の生徒の反応だけに頼らず、指導の基礎基本は身についているかという視点で観ると、謙虚にならざるを得ない。だから今後も師匠について指導技術を磨き、もっとwいい授業ができるようになりたい。