無理を承知で(1)

自分の授業実践をDVDに撮影し、ある団体が主催している賞に応募した。教歴の浅い教員でも応募でき、その団体の指導法をある程度踏まえたものがのぞましい、という基準が設けられている。

もともとその団体の指導方法に刺激を受け、とくにオーラルイントロダクションという英語での内容説明の導入活動を授業に取り入れてきたので、腕試しにと応募してみたのだ。

残念ながら、というか、あたりまえというか、選考者の支持は得られなかった。

忙しい中、授業撮影の準備をし、指導案や説明をせっせと書いたことが懐かしい。協力してくれた生徒にも、この結果は申し訳ない。私の授業者としてのレベルがまだまだ低いことが第一の理由であろう。

妻に「受賞はできなかったよ」と話すと、「そもそも応募した時点で、無理って言ったじゃない。応募したのが間違い。あなたの授業はその団体の主流ではないし、組織内の活動もしてないじゃない。選考者は誰もあなたの授業なんか推してくれないわよ」という。その通りである。無理を承知で応募して、勝手に落ち込む私は、自業自得である。欲をかいてはいけない、期待などしてはいけない。

団体の重鎮から認められなくとも、目の前の生徒が楽しそうに英語を使って授業を受けてくれるなら、それのほうが価値がある。もっと追求することが正なのだ。そう自分を正当化するしかない、と思っていた。

一方で、この賞に応募するのは今回が最後である。きっとひどい授業だと思われたのだろうな、、、

選考してくれた方からメールが届き、「あなたの授業は基本がなっていないので、選考基準を全く満たさなかったが、一方で将来性を高く評価する声もあった。いちど会いにこないか」と書かれていた。

見ず知らずの「偉い方々」に授業を送り、結果は当然のように落選、相手にされるはずはないと思っていたので、驚いた。

なんとも恥ずかしいので、どうしようかと迷っていると、妻は「こういうオファーには乗ったほうがいい。授業DVDを送った時点で恥ずかしいんだから、お会いして改善点を教えてもらったほうがいい」という。

こわごわ、その先生の学校を訪ねることにした。。。