15 通訳案内士の勉強をしてよかったこと3 視点と行動の変化

 全国通訳案内士の勉強をしてよかったことの3つ目は、新しい視点が身につき、行動が変わったことである。身についた新しい視点とは、自分に問いを立てる習慣だ。日々の何気ない日常生活の中で、「これを英語でどのように説明するのだろうか」という問いを、自分に問いかけるようになったのだ。これは普通の日本人の視点だけでなく、日本を訪れる外国人観光客や通訳ガイドの視点でモノを見るようになった、といえる。  日本の生活や文化を、英語でどのように説明すればよいのか、と常に自問自答するということは、いってみれば毎日「英語で日本を再発見」しているようなものである。外国人観光客や、彼らをガイドする通訳案内士の立場から、日本を見てみると、様々な気づきがある。例えば「懐石料理」を目にしたとき、英語でどのように説明するかを考える。懐石料理の定義は何だろう。海外に似たものはあるだろうか。懐石の意味は。歴史的な背景や、おすすめのスポットについても、自然と興味がわいてくる。これは観光客の視点を持つということは、日本を客観視できるようになる、といえる。  「視点」だけでなく、日々の「行動」も変わった。「行動変容」である。大きく変わったのは、家族との休日の過ごし方だ。これまで縁遠かった、博物館や美術館へ行くことが増えたのだ。仏像や国宝展、絵画などの企画展情報を調べて、楽しむようになった。上野の国立博物館では、定期的に有名な企画展を行うので、1年に何度も通っている。  通訳案内士を勉強した後、家族旅行先も幅広くなった。日本の観光地情報を学べば学ぶほど、家族で行きたい、子供に見せたい場所が増えていく。これまで家族旅行といえば、箱根の温泉や、千葉の海水浴ぐらいしか思い浮かばなかった。しかし観光・地理・歴史の知識が増えると、日本の観光資源のすばらしさを再発見できたのだ。多少お金や時間がかかっても、最近では東北や四国などの観光地や文化財を、意識的に見に行く。  「行動変容」は、余暇の過ごし方にとどまらない。幅広い新聞や雑誌、書籍に目を通すようになったのだ。日本のことに興味がわいてくると、「なぜだろう」という疑問や、「知りたい」という欲求も当然わいてくる。そこで、これまで手に取らなかったジャンルの本やニュースへ、アクセスする機会が増えたのだ。例えば、旅行や料理、美術などの本や雑誌を購入し始めた。関心が広がると、知識も増える。知識が増えると、物を見る視点も広がり楽しくなる。その知識が、雪だるまのように大きくなっていく。  試験勉強に取り組んだおかげで、時間管理つまり「タイムマネジメント」の力も身に着けることができた。フルタイムの職業を持つ社会人にとって、勉強時間の捻出は大きな課題である。唯一自由にできる時間は、通勤時間ぐらいなものだ。これまで通勤時間中、ネットサーフィンしたり、ぼ―っとしているだけであった。今回、私は往復3時間の通勤中を勉強時間にあてた。足掛け1年半、通勤時間に勉強を続けると、勉強することが習慣となった。時間を無駄にしている感覚が気持ち悪いのである。こうした時間の有効活用、タイムマネジメントの力も、通訳案内士試験に取り組んで身についた。  このように、通訳案内士試験に取り組み合格した結果、資格取得以上のモノを得ることが出来た。通訳案内士試験を勉強してよかったと、改めて思う。 �L��9� z@�

14 通訳案内士の勉強をしてよかったこと2 英語を話す力がUP

 通訳案内士試験を勉強してよかったことの2つ目は、英語を話す力がUPしたことだ。その理由の一つに、「英語をつぶやく習慣」を身に着けることができた点がある。この試験では、2次試験に対象言語でのプレゼンテーションと応答、そして通訳問題が出題される。これに対応するためには、付け焼刃の対策では合格できない。普段から英語を話す必要がある。そのため日常生活のなかで、できるだけ「英語を話す」モチベーションが得られたのである。とくにこの試験は、英語の正確性よりも流暢性に重点が置かれているので、時間を見つけては、間違いを恐れずに一人で英語をつぶやく習慣が身についた。  語彙力が強化されたことも、英語を話す力が高まったもう一つの理由だ。語彙力が付くと、自分の表現力が豊かになり、英語で伝えられる内容自体が深まる。つまり内容のある英語を話すためには、ある程度の専門用語を使いこなす必要がある。その点、この試験を勉強したことで、日本的事象の語彙が大幅に増えた。実際、職場のネイティブに日本文化を説明するとき、さまざまな日本文化や事象を英語で説明することが容易になった。  英語を話す力がUPした理由の3つ目は、「通訳案内士資格」を学習すると、英語を使用するためのAuthentic(本物の、の意味)な機会を作り出せることだ。どういうことかというと、日本にいながら、英語を使って世界と繋がれる場を手にすることができるのだ。そもそも通訳案内士の資格を取る目的の1つが、「日本で英語を使う必然性を作る」ためであった。大学院留学から帰国し、日本で英語を使う場面が激減したので、英語を使う場に身を置く作戦を考えていた。その点、この全国通訳案内士は、恰好の資格であった。日本で英語を使って観光ガイドが出来る。日本文化を英語で説明する動機付けが高まる。余暇があれば、東京の観光ボランティアに登録して、英語で社会貢献もできるのである。  もう一つは、通訳案内士の勉強をすると、ソーシャルスキルが向上するのだ。いってみれば、英語での「雑談力」が上がるのである。ネイティブと英語で「雑談」することは、思った以上に難しい。単に単語力や流暢性が高まれば、英語でうまくコミュニケーションをとれるわけではない。たとえば、通勤途上で会ったネイティブの同僚と30分英語で話す場面を想像してほしい。共通の趣味があれば話は別であるが、意外に話すネタに困るものだ。  雑談のテーマとして使えるのは、旅行や食事、行事や歴史、スポーツなどであろう。よく言われるのが、「木戸に立てかけせし衣食住」だ。いわば道楽についてである。このテーマを雑談で使えば、たいていは話すネタに困らない。それは外国人相手でも同じである。実は通訳案内士の試験は、このテーマをほぼ網羅しているのだ。だからこの内容を英語で話せる力がつくと、飛躍的に「雑談する力」が身につく。  私の職場にはネイティブの同僚がいる。実際、通訳案内士の勉強をした後、彼らたちとの雑談が、格段に楽にできるようになったのだ。「木戸に立てかけせし衣食住」のような個人の道楽について、英語の語彙や知識が増えたためだ。例えば、季節の日本食を英語で説明したり、特徴や歴史を話題にすると、それだけで盛り上がる。食の単語などは、他の英語試験を勉強しても、なかなか身につかない語彙である。 l

13 通訳案内士の勉強をしてよかったこと1 資本を築ける

 私が全国通訳案内士試験の勉強に費やした期間は、約1年半である。フルタイムの仕事を抱えながら勉強時間を確保するためは、通勤時間を利用する以外に選択肢はなかった。自宅から職場までの往復に3時間以上かかるので、その時間を勉強時間にあてたのである。資格の勉強をしてよかったことが、大きく3つある。「資本を築けたこと」「英語力が伸びたこと」「複眼的視点が持てたこと」である。  まず、通訳案内士を勉強してよかったことの1つ目は、さまざなま「資本」を自分の中につくることができた点だ。なかでも経済的な視点からの「人的資本」を高められた。人的資本とは、経済学の概念である。教育を受けることによって、個人に新たに身につく知識やスキルのことである。人的資本が蓄積されることで、労働者としての市場価値も高まり、結果として将来受け取る給与も増える。あるファイナンス論の教科書に「経済学者は、将来の給与の現在価値のことを人的資本(human capital)と呼ぶ」(ツヴィ・ボディ、ロバート・C・マートン「現代ファイナンス論」大前恵一朗訳、ピアソン・エデュケーション、p190)と書かれている。 この人的資本には有形無形のもので構成されるが、一つの具体的な例は、資格の取得が挙げられよう。資格とは、一定の能力を証明するものであり、一般的にエンプロイアビリティ(企業から雇用される可能性)や、ビジネス機会を高めるからだ。 日本国内にはさまざまな資格が存在しているが、その中でも国家資格の価値は高い。国家資格とは 「国の法律に基づいて、各種分野における個人の能力、知識が判定され、特定の職業に従事すると証明される資格」である。「法律によって一定の社会的地位が保証されるので、社会からの信頼性は高い」(文部科学省 国家資格の概要について)と明記されており、国家資格取得者は「一定の能力がある」ことを第三者に客観的に示すことができる。 この全国通訳案内士試験は、言語系で唯一の国家資格だ。合格するためには、実用英語検定1級程度の英語力と、日本の地理・歴史・一般常識・通訳案内実務知識の専門知識が求められる。つまり他者に語学力と日本的事象の知識を持っていると伝える、「シグナリング効果」があるのだ。 組織の中で働いている私は、この資格を取得したことで、直接給与が上がるわけではない。しかし仕事の専門性が深まり、業務の質が向上したことは体感できた。資格対策で学んだ知識を、英語の授業に取り入れ、生徒(顧客)の好意的な反応を引き出せたのだ。また、国家資格を取得したということで、将来的には副業や創業に挑戦することもできるだろう。 蓄積できたもう一つの「資本」は、「文化的資本」である。「文化的資本」とは、社会学における学術用語(概念)の一つであり、金銭によるもの以外の、学歴や文化的素養といった個人的資産を指す。フランスの社会学者ピエール・ブルデューによって提唱された概念だ。この「文化的資本」、特に日本文化の幅広い知識を身に着けることができた。 例えば試験科目である「日本歴史」「日本地理」「一般常識(政治・経済・文化)」などの知識が大幅に強化された。試験勉強のためにこれらの基礎知識から学び直し、日本社会の仕組みや文化について体系的な知識が身についた。また「英語」の試験では、観光、政治、歴史、行事、食事など日本事象が幅広く問われる。日本の伝統文化などにも興味がわき、多くの関連書籍を読む習慣も身についたのだ。  試験を勉強して、家庭的な側面からも、「文化資本」を蓄積することが出来た。日本の観光・地理・歴史や伝統文化などに興味がわき、家庭内の話題も自然と幅広くなったのだ。例えば節分や恵方巻など、日本の伝統文化について話し合ったり、通訳ガイドの視点から観光資源的に優れた場所を、家族旅行先に検討するようになった。家の中は日本地図や観光ガイド集で溢れ、子供も自然と地理感覚を持つようになったのだ。家庭の蔵書内容も、日本語と英語ともに増えた。試験勉強で関心を持った日本文化について、本や雑誌を購入する習慣がついたからだ。多様な蔵書も、家庭の文化資本を図る指標となる。家族が自然と本を手にし始め、知らず知らずに家族内で日本的事象の知識が共有されている。 3番目は、これまで以上に、スムーズに外国人とコミュニケーションを取れるようになったことだ。それは英語を話すためのネタや材料となる「尽きせぬ資本」を手に入れられたためだ。ここでいう「尽きせぬ資本」とは、日本的事象の知識である。これは、私が英語を話す相手=外国人が興味を持ち、身を乗り出して聞きたくなる知識である。例えば日本の食事の話や、伝統行事の話などだ。日本的事象を体系的に学んだあとは、雪だるまのように知識を増やしていくことができる。こうした武器があると、ちょっとしたコミュニケーションの時に役立つ。このネタとしての「資本」を持っていれば、あとは会話の時、英語に変換すればよいわけだ。 そもそも外国人と英語を話すためには、相手に伝えたい題材が必要だ。そしてその題材は、相手にとって「聞くに値する内容」でなければならない。その点、「日本的事象」とは日本社会や文化の知識であり、訪日外国人には疑問や興味のある話題である。英語の語学学校であれば、自己紹介や自分の趣味など、自分の話したいことを話しても、興味深そうな態度で聞いてくれる外国人講師はいるだろう。しかし現実の世界であると、それだけの内容ではネイティブに相手にされないだろう。  日本的事象の体系的知識を増強させながら、それをタネとして外国人が関心を持ってくれる英語を話す。そして英語を使いながら、英語力自体も流暢になっていく。このサイクルが大切なのだ。この日本的事象の知識は、学び続けることで使いつくせないほどの「話のタネ」、つまり「資本」となる。ゲーテは「重要なことは、決して使いつくせないような資本を築け」と言った。全国通訳案内士試験を学ぶと、この「使いつくせない資本」を作ることができるのだ。