論文作成に行き詰ったとき

自分で研究論文を書いていると、筆が進まなくなるときが多々ある。頭をつかうことに疲れ、すべてを投げ出したくなる。 そんな時は、少しずつでも、歩みを止めないことが大切なようだ。 独学で大検に合格し、慶応大学通信教育部を卒業して、東大教授になった柳川先生の著書を読み、なるほどと手を打った。 以下、少々長いが、大変よい話だったので、引用する。 柳川範之『東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ』日経ビジネス文庫 「研究開発は恋愛と似ている面がある、というと、研究開発をしている人からお叱りをうけるかもしれませんが、将来どうなるかとても不透明感が高いなかで、前に進んでいるという意味では、恋愛と似た構造を持っていると思うのです。」 「ここでの共通点を生じさせているキーワードは、将来に対する不透明感、経学的にいうところの「不確実性」の大きさです。この不確実性の高さにいかに立ち向かうか、つまり、どのような考え方で対処していくのが望ましいのかを考えるという意味で、研究開発投資と恋愛には共通点がある」 「臆病になるのは、将来がよくわからないからなのです。」 「実は、将来がよくわからないのは研究開発ばかりではありません。われわれ学者の研究も、研究を進めていった先にどんな結果が出てくるのか、わからないまま手探りで研究を進めている場合がほとんどです。」 「でも、将来がよくわからないという状況は、変えられそうにありません。(中略)そんな場合はどうすればよいのでしょうか。答えは簡単です。少しずつ進んでいくことです。それによって環境変化にうまく対応していくことが可能になります。」 「新しいことを始めるにあたっては、十分に下準備をして、どちらの方向に進めばよいかじっくり研究してから、一気に飛び出す。ある意味で理想形です。」 「しかし、現実には、そこまでうまく計画を立てられるとは限りません。この先どのようなことが起きるかわからず、相手がどんな反応を示してくるかわからない。そんなときは、すこしずつ進んで、辺りを見渡し、微調整をしながら、また少しずつ進む-そんな対応が求められます。」 「これはと思えるときがくるまでは、すこしずつ進んでいくほうが、最終的にはよい選択だと思うのです。大事なことは、すこしずつ進む!。 「往々にして、先が見えないときにする行動は、見えないからと歩みを止めてしまうか、見えないけれど突き進むかのどちらかになりがちです。でも、歩みをとめてしまっては、前へは進めません。少しずつ様子を見ながらでもよいから、前に進めておくこと、これは成功のカギの一つです。」 私も論文を書いていると、いったんすべてを投げ出したくなってしまう。しかし、少しずつでも、前に進み続けることが大切だと気づかされる。1日、1行でもよい。文章を書き、研究論文を書き続けようと思う。

希望の言語教育

先日、スピーキング試験を実施した。 教科書の内容を、写真とキーワードを見ながら、外国人講師に英語で伝えるリテリングという活動である。 密室で外人に英語で話すという場を設定するだけで、びっくりするほど生徒が生き生きと英語を話す。 事前準備もたくさんやる生徒が増える。音読40回してくる生徒はざらだ。 緊張したと言いながらも、みな充実感を漂わせて試験室から出てくる。 自分の英語が伝わったのがわかって楽しい、もっと発音を良くしたい。。。など感想も前向きだ。 言語教育とは、学習者に何らかの希望を与えるものであってほしい。異文化の人と理解し合えるとか、視野が広がるとか。もっと成長したいという意欲を育むとか。 リテリングまで指導するには、こちらも英語力が必要だし、教材準備に時間もかかる。

斉藤孝の国語教科書 小学1年生

これは致知出版社から出ている、小学生1年生~中学年向けの音読用テキストである。 ページを開くと、まず福沢諭吉の『学問のすすめ』が現れ、面食らう。小学1年生向けと題したテキストに、である。 小説は次のようなものが掲載されている。宮沢賢治の『よだかの星』、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』、新見南吉の『ごんぎつね』、夏目漱石の『坊っちゃん』などなど。 3歳の息子にはまだ早いかな、と思いながらも、いい本だなと思って購入した。 子供がおもちゃで遊んでいるとき、その横で私はこの本を音読していた。私自身の楽しみのためである。いいはなしだなあ、と思って『よだかの星』を読んでいると、子供が私の膝のうえに乗ってきて、私の音読を聞いている。 そんなことを何日か繰り返していると、ある日、「よだかの星、読んで」と子供が言ってきた。 え?と思ったが、膝の上にのせて、テキストを開きながら、読み聞かせする。 絵が少ないので、登場人物が話から消えた時、「鷹さん、どこいっちゃったの?」などと、何度も何度も質問してくる。驚いた。 『よだかの星』が気に入った子供は、途中で、私とロールプレイをやり始める。鷹とよだかのセリフを、交互に話して、楽しそうに笑っている。読み聞かせした表現を覚えてしまっているのだ。 斉藤孝さんはこう書いている。 「・・・現在の小学校1年生の国語教科書を見ると、絵や写真が多くて力強さがたりません。」 確かに小学校の教科書を見ると、絵本かと思うほど、絵や写真が多い。一方で、この本は、絵が少ない。文字ばかりである。 だが、内容のある、磨かれた表現であれば、子供は食いつく。面白がって読み始めたり、暗唱し始める。 この本は、推奨年齢は小学校1~3年と書かれているが、3歳からでも十分に使えるものである。