Paraphrasing パラフレージングは、アカデミックライティングの基本

イギリスの大学院準備コース、つまりAcademic Englishコースの授業で叩き込まれるのが、Paraphrasingです。 大学院は学問をするところであり、学問をするにはルールを守らねばならない。第一が、Plagiarism(窃ぴょう)を絶対にしないことです。 つまり、出典を明示せず「コピペ」することは、他人の業績を盗むことであり、やってはなりませぬと、大学院準備コースで、繰り返し繰り返し刷り込まれます。 2014年にSTAP細胞を発見したと話題になった研究者の一件は、日本に衝撃をあたえました。 とくに彼女の早稲田大学での博士論文の一部が、20ページにわたってあるサイトのコピペであったことが大きく報道されましたが、これはイギリスの大学院では、完全にアウトです。アカデミックなルールを破ったとして、退学処分となります。 つまり、今回の一件を欧米の人が聞いたら、「それはアカデミックのルール違反。学部生レベルでもありえない」という反応なのです。 日本を含むアジアの大学は、一般的にこういったPlagiarismの意識が低いといわれていますが、今回それを補完する事実が出てしまったといえます。 さて、Plagiarismを避けるためにはどうしたらよいか。その方法が、Paraphrasingです。 目的は、エッセーなどの文章を引用する際、Plagiarism(窃ぴょう)を避けるために文章の構成を変える手法です。 方法としては、主に3つあります。 1、synonimous 同意語を入れ替える 2、word classes 単語の格変化を利用する anxiety を anxious 3、word order 語順を変化させる 語彙が足りないノンネイティブには、Paraphrasingは難しいライティングスキルです。 出来るだけ自分の語彙を増やし、文法知識も鍛える事で、パラフレージングがうまく出来るようになります。

量が質に転嫁する -大量の英文を書くことで、英語ライティング力を鍛える方法

どうやってライティング力を強化したらいいか、私も大学院進学前に多いに悩みました。 MBAに限らず、英国の大学院では大量のアサインメント(レポート)が英語で課されます。とにかくライティング力が問われるため、書く力を高めなければならなかったためです。 私の取ったアプローチは、「大量に書くことで、英語ライティング力を高める方法」でした。 きっかけは、University of BathのMBAに進学前、私はSheffieldにある民間の大学院準備コースに通ったときのことです。 そこではアカデミックライティングの基本を徹底的に叩き込まれました。正確に、そして論理的に英語を書く方法をトレーニングしました。 一方で、そこの教師は、次のようなことを推奨していました。 「正確に書くことも大切だが、まずは間違っていてもOKなので、大量に書くことを習慣化しなさい」 たとえば、あるライティング課題が出され、その場で書きなさい、と指示されたとき、まずは自分の考えを表現できることを優先しろというのです。 多少文法的まちがいや、使用語彙がすくなくことには目をつぶり、とにかく大量に英語を書ける状態を目指しなさいということです。 これはあながち見当違いなアドバイスではない、と留学中に気づきました。 不完全でも、自分の考えをその場で表現するという、ある種の英語の瞬発力の必要性は、英語圏に生活するとひしひしと感じます。 ましてや大学院進学となると、完璧な英語を話したり書いたりすることよりも、不完全でもコミュニケーションに十分な量の英語を、スピード感をもってアウトプットする必要がどうしてもあるのです。 そこで、私はWritingの自己学習では、一定時間である程度の量を書けるように訓練することに注力してきました。 もちろん文法的に誤りが多かったり、同じ語彙を繰り返しつかってしまったりと、稚拙な文章ではあります。 しかし、たとえば英語資格試験が求める英語ライティング力、たとえばIELTSが要求する250wordsぐらいを、日記という形式で毎日さっと書く習慣をつけました。まいかい、自分の中にある単語や文法をひねり出し、とにかく言いたいことを素早く書き出します。 日々新聞を読んだりしてボキャブラリーを増やし、また文法問題を解いたりして、語彙と文法力を高めるインプットの仕組みを築いておけば、やがてその知識が自分のWriting内容に反映し、昔自分が書いた文章の間違いに気づけるようになるはずです。 へたくそな文章ではあっても、継続して書き続けること。 そして文法と語彙をすこしずつでも磨き続けること。 すぐに上達しよう、高いスコアを得ようとあまり欲張らず、長期的視点でwritingと向き合うこと。 こんな心がけで、留学中ライティング学習をつづけていました。 大量の英文を書き続け、インプットも継続すれば、やがて稚拙だった英文の質は上がっていきます。質は量に転嫁すると信じられるかたは、ぜひお試しになってはいかがでしょうか。

トルコ系ドイツ人のハングリーさ

Sheffieldで出会ったトルコ系ドイツ人の友人が、今月から香川大学に交換留学していて、「ぜひ会おう」という話になり、今日は妻と3人で会いました。 トルコ語とドイツ語のネイティブ、英語はビジネスレベルの彼女は、まだ日本語が十分でないため、我々の中での今回の公用語は英語となりました。 東京が初めてという彼女に、都庁の展望台や日本最大のモスクジャミーを案内し、久しぶりに英語で説明する1日です。 思えば、Sheffieldで彼女と最後に会ってから、もう3年が経過していました。 3年という月日は人間を変えます。 私はその間大学院に留学し、日本に帰国後転職してキャリアチェンジしました。 合わせて妻も転職し、以前とは比べ物もないくらい楽しそうに働いています。 ドイツ人の彼女もキャリアを変えました。 仕事をやめてイギリスに留学して英語を鍛えた跡、社会人枠でドイツの大学に進学。現在はビジネスと日本語を専攻しています。そして以前から持っていた、「日本に留学したい」という夢をかなえ、こうして日本で会うことができました。 ドイツでは学費は極めて安いそうですが、生活費や日本への留学費用は奨学金や学生ローンで工面したそうです。 トルコ語、ドイツ語、英語を自在に操る彼女が、身銭を切って単身異国の地に留学し、日本語までも習得しようとしている。 彼女の勉強熱心さは、そのハングリーさにあると、改めて気づかされました。 祖国トルコを離れ、ドイツで生活していても、イスラム文化を大切にしている彼らトルコ系移民は、ドイツで自分たちの居場所を築くために、ドイツ人以上に必死に勉強して生きようとしています。 漫然と過ごす3年と、志を立てて過ごす3年。 時間は同じですが、密度は異なります。 彼女に多いに刺激を受けつつ、今の私は、これからの3年間高い志をたてているだろうかと、自問自答させられた1日でした。

MBAの私が、なぜ英文学に興味をもったのか

MBAと英文学。 おおよそつながりを見つけることができないほど、この二つは離れた存在ではないでしょうか。 そもそもビジネスでばりばり金を稼ぎたい学生は、英文学などに触れることはなく、ビジネス書を読みあさるものです。逆もまたしかり。英文学を専攻する学生は、ビジネス書など手に取らず、文学作品に浸りたいと思うものでしょう。 私もMBA留学中、必死になってFinancial TimesやHarvard business reviewを読み続け、頭の中は完全にビジネス脳一色といった感じでした。 そんな中、ちょっと時間ができると、妻は英文学の名跡を訪れたいといっては、私を引きづりまわしたのです。 シェークスピアの故郷であるストラトフォード・アポン・エイヴォンを旅行したり、ジェーン・オースティンが滞在していたBathの大学院で勉強したり、また「嵐が丘」で有名なエミリー・ブロンテが生きたハワースに広がる荒野を歩いたり。 当時キャリアデベロップメントと金儲け(笑)しか頭になかった私にとって、英文学などまったく興味がありませんでしたので、始めは「何の意味があるのか」「時間の無駄だよ」と愚痴をこぼしたものでした。 しかし、その土地を歩き回るにつれて、英文学が面白く感じられたのです。当時の時代背景や文化風俗を映し出している貴重な資料が、英文学なのだと。英文学すげーなと。 ブロンテ姉妹の生きたハワースを訪れたとき、そこはヨークシャー地方の寒村。丘の上に村があり、そばには荒野がひろがっていました。彼女たちが生きた19世紀当時、英国の地方都市は衛生状態が悪く疫病が蔓延しており、彼女の母や姉も相次いで結核で死去しました。学校の衛生状態も悪く、学び舎で疫病が広がることも多かったそうです。 水も不衛生であり、当時庶民はビールを水代わりに飲んでいた、という記述がブロンテ博物館で紹介されていたのを見て、この場所この時代では、生きること自体が困難で、そして尊い時代だったのだと感じたのです。 この体験から、すこしずつ英文学に興味を持ち、読み始め、いまでは、ビジネス書よりも、英文学を読んだり、歴史や宗教の本を読むことが好きになってしまいました。 もともと英文学の知識がない私にとって、大学での通信教育は、大変ありがたい知識獲得の仕組みです。 休日は、レポート作成やWEB授業を受講したりと忙しいですが、楽しいひとときでもあります。

通信教育 レポート作成とメディア授業の効果

通信教育なんて、あまり学習効果がないのでは? と思っているかたは多いかもしれません。 通信教育の弱点として挙げられるのが、学習方法が独力でのレポート作成と試験に偏っているため、教室通学で感じられる様々な刺激が足りない点です。 確かに私も英国のMBAに留学したとき、教室での緊張感や、仲間との出会い、教員の幅広い教養に大きな刺激をうけた経験があります。もし同じカリキュラムを通信教育という形で日本で受講しても、こういった暗黙知は手にはいらず、同じような学習効果はなかったはずです。 しかし、近年の通信教育は大変良くカリキュラムがくまれています。 実際に日本大学の文理学部で好きな科目を取って勉強してみたところ、非常におもしろく学習効果が高いのです。 通常のレポート作成+試験という、伝統的な通信教育の学習スタイルだけではなく、WEBでの授業受講が可能であり、これが非常に効果的です。 私が実感したのは、通常の教科書やレポート学習で何となく捉えた、点としての知識が、WEBの臨場感あふれる授業に触れることで、その知識が線や面のようにつながっていく感覚を得たからです。 私は「英米文学概説」という授業を取ってみました。 全く予備知識のない分野のため、教科書やレポート作成だけで四苦八苦したのですが、その小さな点としての知識が、WEB講義を見ることで強化され、不十分ながらも体系的な知識へとつながっていくのです。これは面白い体験でした。 単にWEB授業を漫然と見るだけでは、このような「自分がもつ点としての知識が、線や面につながっていく」感覚は得られません。 面倒でも、教科書を読み込み、文献を調べ、自分の手を動かして課題に答えてレポートを作成するというステップを経ることで、WEB授業でのより広範囲な知識教授を受け止める網のようなものができるのです。 通信教育は確実に進化しているのだなあと、実際に受講して感じます。 興味のある方は、お金は少しかかりますが、試す価値は十分にあると思います。