Knowledge management

S 今週はKnowledge managementの授業でした。選択科目なので、人事系に関心がある人や、卒論のためにコンセプトを学びたい人などのみが参加したため、フルタイムのMBA生は7名、パートタイム1名、卒業生2名という少数でのモジュールでした。 ナレッジマネジメントに関心をもったのは、外資系企業でのプロジェクト経験からでした。 かつてグローバル会計システムの導入・経理業務の中国へのアウトソースという2つの大きなプロジェクトにかかわったとき、社内のナレッジ管理不足大変な目に会ったためです。途中脳卒中で死にかけたプロジェクト担当者も出て、「あの時どうしたらよかったのか」と今だに答えを探しています。 そんな理由で、今回のモジュールは非常に楽しみでした。が、この1週間は本当につらいMBAとなりました。 ほぼネイティブの囲まれ、少数の参加者にも関わらず常時2人の教授が張り付いて教室内で目を光らせ、われわれに発言を促します。普段のMBA授業内ではおしゃべりな生徒が発言するため、黙っていてもやり過ごせますが、今回ばかりは逃げ場がないと覚悟し、毎日授業をレコーディングしては聞き直して必死でまわりについていきました。 何度か発言し、「お前は普段静かだが、キラーオピニオンを出してくる」と冗談交じりに教授から言われたときは、少し自信になりました。 授業はよく構成が考えられていて、前半はナレッジマネジメントの理論を学び、中盤は実務への応用方法を身につけ、最終日にはとある軍事技術コンサルティングファームのディレクターに対してナレッジマネジメント実務の分析と改善策をプレゼンする、という流れで進みました。 前半の理論では、野中教授のSEKIモデルや、Intellectual capital(知的資本)などを見たのですが、西洋人のクラスメイト・起業している卒業生は、野中教授が提唱したナレッジマネジメントにおける”Ba" (場)の重要性について、大興奮している様子でした。 というのは、東洋人にとっては当たり前の、十分時間をかけて合意形成をして、各人が共通の認識をもって業務を進める、という感覚が合理的な西洋人にはないように思えます。 なぜ "The Knowledge creating company"が世界中で称賛されたのかは、この西洋人クラスメイトの"ba"の考え方に対する異常な興奮に理由を見いだせると感じます。 教授が「金融危機の教訓は、われわれ西洋人はあまりに効率・スピードを追い求めすぎたことだ。東洋のスローな合意形成に学ぶことも多い」というと、ネイティブは強くうなずいていました。それも一理ありますが、しかし今は日本企業も欧米式の経営スタイルを導入する会社が増えており、なんだか複雑な気分でした。  アメリカの教授と電話回線でのディスカッションを行った際は、彼はその流れを「日本の強みを捨て去る行為だ」と嘆いていました。 と、前半は最高に面白かったのですが、中盤から後半にかけて、実際に企業のマネジメント層へ対して分析する段になると、とたんに負荷がかかりました。本当に、逃げ場がない・・・・ 結局遅くまでかけてプレゼンスライドを作り、当日まで議論し、20分のプレゼンを4人で分担して行いました。 結局、プレゼン内容が評価され、われわれのグループが企業側から表彰されました。毎日「つらいつらい」と妻に愚痴を漏らしていた1週間でしたが、これで本当に報われた心地でした。 ナレッジマネジメントの授業は厳しい教授が2人で担当したため、生徒にとっては非常に多くを求められる授業でしたが、終わってみると本当に多くを学べたなと深く感謝しています。 MBAは、つらいけど本当に学びが多いです。

1H 総括

MBA前半の試験結果がようやく公表され、すべての結果が届きました。 3つの筆記試験結果がWEB上にUPされ、アクセスして結果を確認する必要があります。 試験の最後の日はめまいで倒れるほど、自分を追いつめて勉強した記憶がよぎり、落第して同じ試験勉強をすることを考えると、手が震えて・・・ とくにAccounting/Financeの試験で筆記を失敗した可能性があり、恐る恐るチェック。 幸い、すべてパスしていました。 一番ジーンとしたのは、自分のバックグラウンドである会計です。 日本に2週間一時帰国したり、エッセーに大量の時間を投入してしまい、Accounting/Financeの試験対策にはほとんど時間を掛けらなれませんでしたが、予想に反して比較的よい評価をとれました。 最少のインプットで、最大のアウトプットが出せるとしたら、そこが自分の比較優位。 これまでの職務経験やCPA学習などの知識の積み重ねが一つの要因のはずですので、今後はこの分野でのキャリアの積み上げを継続したほうがいいかなと思いました。 MBA前半の総括です。 MBA生の中で最低レベルの英語力という強い(!)自負の中で自分がとった戦略は、MBA前半はすべての娯楽をすて、その代わりに自分の少ないリソースのすべてを「アサインメント・試験を落とさない」というボトムラインのために投入し続けました。不器用な私には、情けない話これ以外の手がありませんでした。 結果、英語力は最低レベルでも、成績はとりあえず満足できるレベルで折り返せることとなりました。 過去の情けない自分と比較すれば、もう驚くべき結果です。 英語が出来ず、不器用で学力が低くても、やり方次第でMBAはなんとかなることを少しは証明できた気がしています。 必死になって課題や試験に取り組んだ感想ですが、英語がわからない中で必死になって予習復習してきた結果、まったく予想外でしたが、最近は自分でも驚くほど経営学が面白く感じます。 なぜだか考えると、とにかく懸命にエッセーや試験の問いを分の力で分析し、関連するアーギュメントを探すために大量のリーディングをした事と関係があるかもしれません。 私が当初MBAに期待したことは、ビジネスの事象を多様な角度から見る力を養うことでした。 経験や勘に頼らず、確固たる理論やモデル、フレームワークに基づいて現象を切る力です。 これにより物事を複眼的に見られれば見られるほど、日々の些細な仕事の見え方が変わり、仕事が知的に楽しめる。どうせ一生働くのなら、少しでも楽しく働きたい、という動機でした。 今はビジネス上起こりうる現象を、さまざまなフレームワークで切りたくなり、以前よりも多様な角度から日常を見ようとしています。 たとえば意見が対立する面倒な議論の場面も、これまでなら不満を述べておしまいでしたが、今は分析して原因や解決策を考えたくなる自分に気づきます。 振り返ると、これまで課されたエッセーや試験の問いは、学識豊かな教授がMBA全体と個々の科目のつながりを踏まえて考え抜かれた質問だったような気がします。この問いに対してどこまで真摯に向き合えるかが、結局MBAの学習効果を決めるのではないでしょうか。  問いに対して手を抜かず、自分のできる限りの労力・知識を使って答えようとするプロセス自体に、今の私はMBAの価値を見出します。点数は結果であり、二の次とも思えるようになりました。 ドラッカーが「多くの事は学べるが、真摯さだけは学べない。その人固有の特徴だ」と言っていますが、MBA後半は最低点越えを狙うのではなく、自分がどこまで「真摯」に問いを追及できたかに、こだわりたいと思います。それが一番、私にとっては満足度が高くなるはず。 MBAで勉強できるのも、周囲の厚いサポートのおかげです。 いつも支えてくれる妻、家族、友人に心から感謝したいと思います。