論文の入稿

本日、ようやく論文を入稿した。8か月に及ぶ研究と執筆で、疲れ果てた。研究当初は、本当に論文を完成できるのか、不安ばかり。プレッシャーもあったが、何とか形になった。2か月間の推敲と修正を続け、提出前には第三者からのフィードバックももらった。初見の読者にも、興味を持ってもらえ、理解しやすい構成に仕上がった。あとはマイナーな修正だろう。

この論文は、多読実践から生まれた研究であった。多読授業に苦労し、なんとかしたいと思ったのがきっかけ。洋書の読書に飽きる生徒。単に絵を眺めるだけの生徒。居眠りやおしゃべりの低意欲の生徒。お互いに授業時間を消化するだけの、無意味な時間。もう耐えられない。そこでいろいろな文献を読んだり、研修に参加した。

理論を学び、授業で実践。あたらしい教材を試しに作ると、生徒の反応がとてもいい。これは仮説を立て、研究にできるのではないか。これが研究のきっかけであった。

研究論文のコンテストに企画案を提出したのが1年前。出したあとは、そのことも忘れていたが、ある日、入選の通知が届く。優秀な企画なので、助成金を出すので論文を書き上げなさい、と言われる。えぇぇ、どんな企画を提出したのかも、記憶は曖昧であった。

その日から研究と執筆開始。構想を練り、論文の体裁を整えるのに苦労した。現職の英語教員で、論文を書こうという教員は少数派だ。周囲に相談もできず、英語系大学院にも通ったことはないので、独力で論文を書くのは苦しかった。

だが、英国のMBAで修士論文を書いた経験が、大いに参考になった。MBAの論文経験が、英語教師になって書く論文の役に立つとは。しかも誰からも頼まれていないのに、勝手に書いた論文である。周囲からみれば、変り者である。

だが、私は英語教員をキャリアのゴールとしていない。自分の英語多読教室を設立するのが、目的の一つ。多読を中心に、スピーチやディスカッション、欧米の大学院でのdistance learning支援などを提供したい。

そのためには、実績が必要である。単なる英語教師は、世の中に吐いて捨てるほどいる。差別化しなければならない。そのための手段が、研究論文の執筆や教育賞への応募である。欧米のMBA留学だけでなく、欧米の英語教授法をdistance learningで学び、大学院卒業も目指す。PhDも計画する。

日々の仕事に、価値づけをすることを心掛ける。意に沿わない仕事を振られて、受け身でするのも仕事。研究対象として新たなチャレンジをするのも仕事。仕事を文書化し、仮説検証して論文の形態として世に問うなど。今後も引き続き、仕事を「研究のヒントを得る機会」ととらえ、価値創造を目指していく。


コメントを残す