こどもへの絵本の読み聞かせのこつ

今年の3月に発売された「小学校1年生の国語教科書」を、子供にほぼ毎日読み聞かせている。

宮沢賢治の「よだかの星」が気に入っているようで、しばらくこればかり音読してあげていた。

祖母の家で、子供を寝かしつけようとして、いつもにようによだかの星を音読すると、息子が駆け寄ってくる。読み聞かせていると、いつものように鷹とよだかの掛け合いをやりたいという。今日に限って、より長い鷹のほうを諳んじ始めた。途中から、一人で諳んじ始める。まだ文字が読めないのに、だ。

よだかの星は、けっして短い話ではない。まだ文字が読めないのに、どんどんページをそらんじていく。暗唱とページが一致しているのが、また驚きだ。

祖母は仰天し、声を失う。私も面食らう。

暗唱させようと思ったことはなく、ただ読み聞かせてきただけであった。

読み聞かせを続けることで、子供は言葉をスポンジのように吸収していく姿を目の当たりにした。

日頃、私は図書館で絵本を借りすぎだとか、子供への本を買いすぎだとか、周囲から散々な言われようである。しかし、このよだかの星の一件で、私の本の読み聞かせ活動への風向きが変わりつつある。この風に乗るなら今である。

早速アマゾンで、面白そうな読み聞かせ本を購入してしまおう。

さて、絵本の読み聞かせにはコツがある。
読み聞かせは、子供の興味を引き出すことと、情熱を持つことが大切だ。

嫌なことからは学ばないのが子供である。無理強いはしない。私は読み聞かせをするときは、自分だけで絵本を音読し始める。自分が楽しむように音読していると、子供は駆け寄ってくる。「聞きたい」という意欲を引き出せれば、読み聞かせの80%は終わったようなものである。あとは膝の上に座る子供と、本を楽しむだけだ。

読み聞かせは就学前までが勝負である。子供が絵本を理解できるようになってから、ではもったいない。理解する前に、子供は言葉を体内にため込み、ある日突然爆発的に発し始める。だから、良質な言葉をできるだけ早く与えたい。

なので子供が生まれたら、とにかく語りかける。絵本を読み聞かせ始める。0歳児への絵本の読み聞かせなど、周囲から見たら失笑もの、眉を顰められることすらあるかもしれない。

そうした周囲の目を気にせず、読み聞かせを続けるためには、情熱がいる。単に言葉を覚えてほしい、という功利的な発想では、読み聞かせを続けることは難しい。目の前の子供が反応しないのに、本を読み上げることは徒労に思えるし、身体的にも苦しい作業だからだ。

この本のすばらしさを子供に伝えたいという想いなくして、読み聞かせは続けられない。自分の想いだけでなく、相手の関心も引き出すことを忘れてはいけない。だから読み聞かせは、子供の興味を引き出すことと、情熱を持つことが大切である。