大学時代の夢

私は日本の大学時代、政治学を専攻していました。
岡村忠夫先生の「政治思想史」のゼミに入り、ある1冊の本に出会い、衝撃を受けたのを思い出します。

梅棹忠夫著、「文明の生態史観」です。

中央アジアが世界の暴風雨となり、ユーラシア大陸に刺激を与えつつけてきたという世界観は、驚きでした。

そして中央アジアに興味を抱き、大学の派遣留学枠で留学しました。
ウズベキスタン共和国のタシケント国立東洋学大学歴史学部です。

選考試験のため、ロシア語をゼロから学ぶ必要がありました。しかし学習方法がわからず、大学のロシア語講師だった出羽弘先生に師事したのです。

「中央アジアに強い興味があり、派遣留学試験を受けて留学したい。将来はユーラシア大陸をまたにかけた仕事をしたいので、なんとしてもロシア語をおしえてください」

当時私の第二外国語は中国語でしたので、ロシア語は単位取得の必要はありませんでした。そこで聴講生という形で、先生の授業を3つほど取りました。他にもロシア語授業を無単位で取ることを進められ、とれるだけ授業を取ったのです。

彼の親身な指導によって、ロシア語の基礎を半年ぐらいでみにつけられました。
私はなんとか派遣留学試験に合格し、奨学金を得てウズベキスタンへ留学できました。

その恩師である出羽先生に、私は自分の進路が見えず、悩みを相談したのを思い出します。

当時私は海外にあこがれ、開発学関係の仕事につきたいと思っていました。
いま思えば、実社会を知らない学生が、ぼんやりと希望しがちな分野です。

「国連職員とか、国際公務員にも憧れます」と、出羽先生に話すと、一喝されました。

「おい君、国連職員なんぞは、ただの役人だぞ。
 君は何のためにリスクを犯してまで、ウズベキスタンにいったんだ?君がそんな組織に収まれるはずがない」

「君の夢は、ユーラシア大陸をまたにかけて仕事することだろう?役人なんぞでなく、実業でいくべきだ」

この一言で、私は耳心地のよい国連職員や国際公務員などの仕事を、目指すことはやめました

外資系製薬会社に入って、営業からキャリアをスタートさせ、いつかファイナンスのスキルを身につけて中央アジア地区のCFOになってやる。そんな夢がうまれた瞬間でした。

運命とは面白いものです。
外資製薬企業のMRとして営業経験を積み、本社ファイナンスへ異動させてもらった後、MBAなしでは海外法人のCFOにはなれないと知ったのです。

意を決し、会社を退職して妻とイギリスに留学し、紆余曲折してUniversity of Bathという、日本では無名ですが世界では常に上位にランクされる大学院で、MBAを取りました。

そして転職先は、外資ではなく、ある日系企業にしました。外資であれば、日本法人はたんなる子会社。しかし日本企業であれば、海外展開の戦略立案自体を行える。そこで、日本企業のCFOとして会計ファイナンス全般をみる仕事を選んだのです。
中国や韓国など、アジア地域への進出も、子会社独自で押し進めるため、海外法人をマネージする機会も増えてきました。

図らずも、ユーラシア大陸をまたにかけて仕事する、という夢が、CFO職につくことでかなってしまったのです。

次はさらに大きな夢を設定しなければならない。
夢を掲げて抱き続ければ、いつかかなう。これまでの経験からそういえます。

CFO職で会計ファイナンスの経験を積み、企業経営の勘所や、他に負けない専門性を磨くこと。
そして実務で英語をとことんまで使用し、次の目標である「英語塾設立」の原資とすること。

夢を常に更新しつづけたいと思います。

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